※ツイッターに書いたことを多少修正加筆して。
県立岐阜商のコロナで出られなかったベンチ入りしてた子たち、
気の毒だわ。頑張って掴んだベンチ入り&甲子園だったのに。
こんなの、一生ひきずるんだよ。
てめーでどう消化しろっていうんだよ・・って話で。
代わりに出られた子にとってはラッキーだっただろうけど。
高校野球を見ていて、いつも思うことがある。
自分は1年の1学期早々に昭和風の理不尽な上下関係・しごきが嫌で
ず~っと続けてきた野球を辞めた。
高校野球のその先も見据えていたので喪失感が半端なかったし、
なんならマジで46歳になった今でも引きずっている。
中学時代に「うちに来ませんか」とランク上の下くらいの高校から
お誘いが来る程度に中途半端に上手く期待されていたので
入部早々打席に立てたが、絶好球を見逃してしまった。
そこから結果三振。
その絶好球を見逃す夢をいまだに見るほどだ。
野球部を辞めた当時は片っ端から先輩をぶん殴りたかった。
あいつらさえいなければ・・・。
とにかく毎年毎年、球児は眩しい。
ただ、ひとつ。
万が一3年の夏にベンチに入れなかったら、
自分はあの子達のようにスタンドでメガホン片手に踊って
大声でグラウンドの仲間を応援できていただろうか?と。
・・・正直に言うと自分はおそらくできない。
ベンチに入れなかった時点で退部していたと思う。
「僕は人の応援をするために野球をしてきたわけじゃない」。
苦楽をともにした仲間からはどう思われるか、後ろめたさはないか、
そういうのはどうでもいい。プライドなのか、なんなのか。
これは大人になった今だからそう思うのではなく、
高校時代からこう考えていたから「ホンモノ」だろう。
つまり、わたしは何かが欠落している。
目上の人に取り入るのが下手なのも、人付き合いにドライなところも、
高校時代から何も変わっていない。
何食わぬ顔で前日まで準備も皆と一緒にしていたが、
休めるからと学園祭に一切参加しなかったりしたし(う~ん・・)。
だからなんだ?という話だけど、
あのまま高校野球を続けていたらどんな人生だっただろうか・・
あの打席であのボールを打っていたらどうなっていただろうか・・
毎年いつもいつも思い続け、そして死んでいくんだと思う。
まあでも、練習後の帰宅途中でチャリで事故って死んでいる
という世界線だってあったかもしれないしな。
当然だけど「もしもあのとき・・」なんて人生は存在しないのよ。